「あおやまひろし35歳の春」第1回

「あおやまひろし35歳」とは、いかにも京都に住んでいそうな人の名前ではないか。実際彼は京都市中京区に実在する。彼は京都生まれの京都育ちであり、堀○高校卒業後、地元で職人としての道を選んだ。今では、三条商店街の近くに職場を構えて、伝統技能の職人として生計をたてている、りっぱな京都の人である。

家族は、妻一人(当たり前)長男長女の子供二人に年老いた母親を養っている。趣味は車とスキーである。仕事一筋という昔ながらの職人のライフスタイルとは少し違うが、仕事に対する誇りと片意地さは昔ながらの京都の職人の伝統を受け継いでいる。

「あおやまひろし」は今年の春、出入りしている得意先の会社の部長に「あおやまくん、運動は何かしてるの?」と話しかけられた。
「冬場のスキー以外は別にこれといって何もしてまへん」
「そう、僕は毎朝走っているんだけど、運動はこまめにしたほうがいいよ、生活習慣病的にもあぶない年頃なんだから」
「そうでっか、そのへんはようわかってまんねんけど、仕事が忙しゅうて、なかなか・・・。大至急の無茶仕事がけっこう多いもんで」

「なにそれ?暗にうちの会社の悪口ゆ〜てんの?」
「いえそんな・・・滅相もおへん・・・」

そんな日常の会話が始まりだった。そのうち、その部長(広島からきて単身赴任暮らしをしているらしい)と何度か同じような会話をしているうちに、「京都人でありながら、京都マラソンに出たことないなんて、恥ずかしくない?」という会話にいきついた。
「別にそんな風に考えたことはおまへんけど・・・・・・」
「それがいかんと思うな。京都人なら、一度は走ってみるべきじゃないかな〜・・・」
「そんなもんでっか?」

となり、「早春の都大路のど真ん中を自分の足で走るなんて、普通は考えられないでしょ?」と説得された。

「一緒に走ろう!絶対後悔させないから」と言われ、極めつけは
「このレースは抽選なんだから、もし当たっても、どうしても走る気になれないなら、参加料を振込まなければいいんだから、申し込みだけしておいてもいいんじゃないの」と言われて、その部長の言うとおりにネットで申し込みをした。

いざ申し込みをしてみると、少しづつ走ってみようかという気になってきた・・・。

最初は仕事の合間に少し家の周りを走ってみた。体力がかなり落ちていることを自覚して、少しショックを受けた。近所の顔見知りの人に会うのも少し恥ずかしい。
「あおやまはん、なんかあったんかいな」
「お宅のご主人、走ってはったなー、えーなー、うちの主人もあおやまはんを見習ろうたらえ〜のになー」と言われたりした。

日曜日には少し長い距離を走ってみた。そんなことを繰り返しているうちに、走る事が楽しくなってきた。「あおやまひろし35歳」は、徐々にもし抽選に当たったら、京都マラソンで本気に走ってみようかという気になってきた。

来年の春まで、まだかなり時間がある。「もし当選したら、本当に走ってみよう」と決心したのであった・・・。