「青山ひろし35歳の春」第2回

京都マラソンの抽選発表の時期が来た。

そのころには「あおやまひろし」もすっかりランの魅力に取り付かれ、走ることの楽しさを充分感じていた。京都マラソンへの参加を勧めてくれた、あの「上品な広島弁と下品な関西弁(?)を使い分ける部長」に感謝もしていた。

「ほんま、よいことを教えてくれはった」
と感謝する毎日だった。

ラソンの情報誌を買って読むと「京都マラソン」はかなり有名なマラソン大会であり、全国のランナーの憧れレースであることがわかってきた。また、それだけに抽選に当たることがなかなか難しいということもわかってきた。去年の当選確率が50%だということもわかってきた。「走ってみたいなー」という思いが日に日に高まってきた。

京都マラソンのために、ちょっと高めのジョギングシューズやランニングウエア、ウィンドブレーカーも買った。いろいろ調べると、けっこうマラソングッズにも細かいアイテムがあるらしい。

ストップウォッチ機能のついてる時計なぞは当たり前で、ペースメーカー機能やラップタイム計測機能、GPI機能付のものまであるらしい。もっと細かいことを言えば、ランニング用のサポーターパンツ、ウエストポーチ、手袋、靴下まであるらしい。

元来、業(なりわい)が職人であるから、一度打ち込むと、とことんまで行く性分である。もう少しいろんな大会に出るようになったら、いろいろ凝ってみたい・・・と思った。ゴルフやスキーに比べると、グッズにそれほど金がかからないだろうと踏んでいたのは間違いで、凝りだすとそこそこの費用はかかるようであった。

「大体、靴下なんぞ、どんなもんでも関係ないやろう」と思うのだが、ランニング専用の靴下がなぜ走ることに効果があるのかさえ今はわからなかった。

とうとう、抽選の結果が発表される日がやってきた。

例の部長によると、発表方法はメールと郵送されてくる郵便物でわかるらしい。

「当選」のメールが先に届いた・・・。

大昔、堀川高校を受験した時に、合格発表を見に行った時のような、喜びがと高揚感を久々に味わった・・・。

「あたりや!」
あおやまひろしは京都マラソンへの出場を、即座に心に決めた・・・・。

翌日、あおやまひろしは取引先の会社の部長にお礼を述べようと、得意の三輪バイクにまたがって出かけた。このあたりは京都人らしい「律儀さ」を大切にする性分が出た。かといって京都人が「律儀」というわけではない。「体面を保つ」ことが大切なだけなのだが、かといって不正直ということでもない。

なにしろ、あおやまひろしは「根っからの京都人」なのである。それが体面を保つための行動であるかどうかさえ意識していない。世話になった人には御礼を述べるという行動規範が身にしみているだけなのだ。

「部長、おかげで京都マラソンに当選しました!ありがとうございました!」
とふかぶかと頭を下げた。

部長は不機嫌そうな顔であおやまひろしを迎えた。
「そう、それはよかったじゃない。おめでとう・・・・・。とにかく頑張ってね・・・・・・」
と素っ気なく応えた。

「あの〜〜〜部長はん、どうでしたん?」
「えっ!・・・・・・・えらく応えにくいこと聞くじゃん」
「ははは、また〜部長なんか機嫌悪ろうおますな、機嫌よく、よかったね!一緒に走ろうね、ゆうてくれはっても、えーのんちゃいまっか?」
「あおやま君、それってどういう意味?」
「せやさかい、部長と一緒に都大路を走れると・・・」
「お黙り!」

ようやく、あおやまひろしにも、部長の不機嫌な理由がわかってきたのであった。
「部長はん、ひょっとしてはずれでっか?」
「えっ!・・・・・・そーだよ。はずれだよ。それがどうしたの?悪い?」
と、少し卑屈に逆襲してくる。

「別に悪いことはないんですが、・・・・・ただ部長と走りたかったな〜と思っていたもんで・・・・・」
「!!!!」
「何せ、今回、京都マラソンを奨めてくれはったんわ、部長でっさかい。それに、ちょっと走ってみて、走る楽しさも少しわかってきたような気がして・・・・・・」
「・・・・・・・」

「いえっ!勿論部長のレベルとはえろー違うことはわかってま!」
「・・・・もういいよ、あおやまくん、物事は簡単に考えるべきじゃないか?君はあたりで、僕ははずれ。それだけのことだよ、えっ?そうだろう?」
「まあ、そういうことですが・・・」
「だから、君は都大路を大手を振って走り、僕はこそこそ歩道を走る。それだけのことだよ」
「・・・・・・」

「何年も走ってきた僕は、大手を振って走れず、最近やっと走り始めた君はえらそ〜に走る。それだけのことだよ」
あおやまひろしは、部長の不機嫌さから身をかわすべく、
「まあ、部長、お互い頑張りましょう!」
と話しの筋から外れた応対をして、いそいよと会社を抜け出して、外に出た。

「何を頑張んだよー!」
という叫ぶような声が、追いかけるよ〜に、背中から遠く聞こえてきた・・・。